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 <title type="text">追い求める男</title>
 <subtitle type="text">追い求める男: Recent Entries</subtitle>
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 <updated>2008-03-21T12:04:17Z</updated>
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 <rights>copyright (c) Shurei Satou All Rights Reserved.</rights> 

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 <title type="text">カミングアウト</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">体調を崩していた。ここ数日あまり、ブログを更新しないでいたら心配の連絡が有難いこ...</summary>
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体調を崩していた。
ここ数日あまり、ブログを更新しないでいたら心配の連絡が
有難いことに入ってきたので、読んで下さっている皆様にはお詫びを申し上げたい。
体調を崩すといっても、また筋収縮性頭痛、頚推症、頚肩腕症候群なるものが
<p>ぶり返してきたといったものである。</p>
　これは一体　何の症状なのだと多くの方々がお思いになられるであろう。
医学的には全く根拠もないが私的には　うつ病、むしろ躁鬱の系統であると
自覚している。（実際にメンタルクリニックへ出向くと　そんな結果となる）
従って力を振り絞れば、生活はできなくない。
その間に打ち合わせ、電話でのやりとり等々も普通に行っているし
恐らく共にいて気づいた方はいないと思われる。
しかしこれが私の中では「躁」状態であり、
自宅に戻ると一気に「鬱」となり。極度の疲労状態と変貌してしまう。
　私は近所にあるペインクリニックという医者にて星状神経節ブロック療法を
最低でも週1回　治療を受けていたが、仕事の都合上　通院出来ない日が
致し方ないが続き、更に新たな処方を受けた軽度の抗鬱剤が体に合わず
<p>慢性疲労状態で苦しんでいたのが　ここ数日の現状であった。</p>
　まぁ辛い　と言っても人　其々「苦難に耐える力」なるものに
個体差があるので何とも言えないが、私個人には非常に辛いことであった。
しかしながら、一方で「情けない・・・」と更に自分自身を追い込む
<p>私自身もいることも事実である。　死病ではないのだからと</p>
　私自身、この数日をおいてまた復調してきたが
私より　重度の方々も状況や想いを想像すると　かなり厳しいものがあると
<p>思う。その方を支えるご家族、友人、職場の方々も大変であると思う。</p>
もし、私と同じ苦しみを持っている方がこのブログを読んでいたのであれば
お伝えしたい。
地べたを這い蹲る思いをしているのは、決してあなただけではない。
私も今は　地べたに這い蹲り　無残にも泥まみれな心象である。
ただ今すぐは立てないが、いつか必ず立ち上がろうと思っている。
<p>焦らず、共に治していきましょう</p>
　尚、ここ数日間　記そうと思っていたことは、私のノートに残してあるので
折を見て　この12日間のブログは後から更新しようと思っている。
<p>遅ればせながらではあるが、見て頂ければ幸いである。</p>
また、ご心配を頂いた方々にこの場を借りて心から御礼を申し上げたい。
  </div> 
 </content>
 <updated>2007-10-16T14:55:15+09:00</updated>
 <published>2007-10-16T14:55:15+09:00</published>
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 <title type="text">関西の方々と関東の方々</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">今から数年前か　当時、関西のとある代表取締役との考えの相違があまりにも目立ち彼の...</summary>
 <content type="xhtml" xml:lang="ja">
  <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
   
今から数年前か　当時、関西のとある代表取締役との考えの相違が
あまりにも目立ち彼の自宅本棚にしまってある書物を見て
彼への理解の突破口になるかもしれないと思い　
読み出したのが　[w]宮崎学[/w]氏の「[w]突破者[/w]」という本であった。
作者の宮崎氏は、一連の[w]グリコ・森永事件[/w]の「キツネ目の男」として
容疑を掛けられた御仁であるが、その後作家としてデビューし
数々の執筆をしている。
その文章は　読み易く　面白い。
　その後　私は京都の五条堀川に事務所を設けさせて頂き
転居した自宅　大津市大将軍からの通り道には、「突破者」に
登場していた　とある建設会社があり、
ついつい身を乗り出して事務所の中を車から見ようとしていたのが
日課でもあった。
<p>　恐らく私のような行動を取る者は　他にも居たと思う。</p>
話は戻すが、この「突破者」が私にとっての「突破口」になったのは
<p>かなり洒落てはいるが真実でもある。</p>
よく商売を行う上で関東在住の人間が関西で商売をしようとすると
かなり難しく、逆に関西の人間が関東で商売をしようとすると
<p>売り上げは上がるが、嫌われる　ということを耳にしていた。</p>
この秘密は、人口密度の違いから出てくると氏は指摘している。


<span style="color:#0d00d1;">関東が「綺麗に金を稼ぐ」のに対して関西は「力で金を奪い取る」。
差別がきつく、金の流れそのものが東京より格段に少ない関西には、
<p>どうしてもハングリー精神が前面に出てくる。</p>
中略


関西のヤクザは、基本的に話題を受け付けない。
たとえわかっていても、
<p>「そんなややこしい話、わからん　」　という者が多い。</p>
「突破者」戦後史の陰を駆け抜けた50年（下）　宮崎学　著　　
<p>幻冬舎アウトロー文庫</span></p>
あくまでも任侠（ヤクザ）内での話しではあるが、かなり参考になった。
実際、そのように対応する関西在住の方は確かに多かったし、
私が理解不能であった　その代表取締役の方も口癖のように
その言葉を使用していたので、行動原理と言うべきか、指針とでも言うべきか
何と無くではあるが、理解できるような気になっていたのも事実である。
無論、全ての関西の方々を指しているわけではない。
そうでない方も数多くいる、しかし全体的な傾向は　当っていると私は思う。
結果が全て　という判は　傾向的に関西の方が多く感じる。
「義理や道理で飯は食えん　」
「誠意、誠意　言うが誠意って一体なんぼで買えるんや」
空気吸うのにも金が掛かる　そんな風潮の言葉は実際によく聞く。
確かにその通りではあるが、体面を気にする関東の人間には
このストレート過ぎる合理主義についていけなくなる事は
多々あると思ったし、私もそのようであった。
　ただし、結局のところ人間対人間なので時間を掛ければ全国共通である。
私が見た限りにおいて関西の人間は待つのが苦手な方々が割合として
多いのであろうと思っている。
何度も言うが、無論　違う人間もいる。
ただ現在お付き合いを継続させて頂いている関西在住の方々は
上記とは違う部類の人間性の方々なので、あくまでも私が感じた
地域的な傾向として捕らえて頂ければ幸いである。
やはり正直、コテコテ（ざっくばらんという意味ではない）は苦手である。
では、私を含めた関東の人間の傾向とは何であろう・・・
それは、体面や立場　もっと分かりやすく言うと格好をつけることが優先と
なりやすいのであると思う。
<p>「任侠」という言葉に大きな憧れを抱いているのが関東の人間なのかもしれない。</p>
また　この「任侠」という言葉についても　「突破者」では
<p>戦後愚連隊の神様を異名された万年東一氏の言葉を借りて解説している。</p>
<span style="color:#0012c6;">「任侠と普通の男の違いを知っているかい？」


「簡単なことだ。　損を平気でできるのが任侠で、できないのが普通の男だ。
それができれば、八百屋さんの小父さんでも、タクシーの運転手さんでも
<p>任侠で、できなければ、そんなもんは、たとえ組長、総長でも任侠ではない。」</p>
万年氏を慕っていた作家　安倍譲二氏が体験談として新聞に書いていた
<p>そうである。　　同じく「突破者」（下）参考引用</span></p>
人は霞を食べて生きてはいけない。
ましてや、会社を経営するのであれば時に目先の金を握らざるを得ない
場合も多々あるであるであろう。
しかしながら、多大な金が無くても生きてはいける。
ただ　こん万年氏の言葉が私を通過した際に心地よい秋風が通り抜けた
<p>ような思いがしたのも事実である。</p>
そのまま私は、昭和を激震させた大事件「グリコ・森永事件」に
<p>改めて興味を持ち、</p>
<span style="color:#e52b00;">「グリコ・森永事件　最重要参考人Ｍ　」　宮崎学、大谷明宏　共著
<p>幻冬舎アウトロー文庫</p>
「闇に消えた怪人　グリコ・森永事件の真相」　一橋文哉　著
<p>新潮社　発行</p>
と一気に読み、最近発売された
「グリコ・森永事件　『最終報告』真犯人　」　森下香枝　著
<p>朝日新聞社　発行</span></p>
を読み終えたが　いずれも非常に面白い（不謹慎ではあるが）ものであった。
もし、これから「そういえば、グリコ・森永って・・・」と思い
読んでみようと思われる方がいれば
「闇に消えた怪人」→「重要参考人Ｍ」→「最終報告　真犯人」の順に
読んでいくと真偽は別として非常に読み応えのあるものとなると思う。
「突破者」も併せて読むと　また時代背景等々に奥行きが出て面白い。
書物を読む時間がないという方だけに注意したいが
もし一度　読み始めてしまったらならば
内容が面白すぎて止まらなくなり、寝不足になり、続きが読みたくなるので
<p>仕事に支障をきたす可能性もあることをお伝えしておきたい。</p>
　グリコ・森永事件の話に傾倒し　いつの間にか　冒頭のその方を理解しようと
する試みは、私の中では忘れ去られてしまったのは、失敗談として数えて
いいと今更ながら思う。しかしながら、傾向の枠組みをある程度　自分の
範囲内で定義ができたのは、誤算であれながら嬉しいことでもある。
  </div> 
 </content>
 <updated>2007-10-04T23:07:54+09:00</updated>
 <published>2007-10-04T23:07:54+09:00</published>
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 <title type="text">映画「ブラッドダイヤモンド」から</title>
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   <name>shurei</name>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">「ブラッド・ダイヤモンド」http://wwws.warnerbros.co.j...</summary>
 <content type="xhtml" xml:lang="ja">
  <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
   <p>「ブラッド・ダイヤモンド」</p>
http://wwws.warnerbros.co.jp/blooddiamond/

このまえの春に上映されていたスクリーン映画である。
観客層動員数はどうだったのか、私には不明ではあるが
私にとって特に今年は多少の影響を及ぼした映画と云える。
世界に流通する闇ダイヤモンドが紛争ダイヤモンドとなり
アフリカ諸国の紛争が行われる際の武器調達の資金源となる現実を
赤裸々に描かれている。
　4月にサンフランシスコへ渡航した際、行きも帰りも機内で
<p>ついつい魅入ってしまった映画である。</p>
この無数に散らばるように集められる様々なダイヤは一体、
どこで採られているのであろう・・・
それは人権を無視した強制連行により拉致されたアフリカに住む
小さな暮らしの営みを幸せとしている普通の労働者に
ダイヤのためだけの採掘労働が　まるで奴隷のように
<p>行われている背景にこの映画は終始綴られている。</p>
余談ではあるが、つい先日まで私も販売応援を行っていた
ジュエリーショーで煌びやかで美しく、女性を笑顔にしていく
この宝石の数々は、このような経緯と背景があるのだ・・・と
ここ数ヶ月続いたジュエリー展示会を見ていてかなり凹んだ。
そして購入していく彼女達の、嬉しいそうな顔を観て
<p>また複雑な想いがしたのも正直なところである。</p>
内戦、つまり人殺し（軍事資源）の増長、基本的人権の損害（拉致と奴隷）
を私自身も手を貸している事実、漠然とした想いがしのを　
ここに告白しておきたい。
そして販売応援の謝礼を受け、娘に仕送りを送った。
<p>娘は　これで何を買ってもらうのだろう・・・</p>
私は詳しく知らないのではあるが、珈琲にも　これに近い労働が
行われているらしい。珈琲豆の原価、収益するための重労働、
<p>いつもで経っても暮らしは　極貧のままの生活が続く。</p>
前に広告代理店の若い営業の男の子に
「シュウレイさん、今度　引越しをするんですが　良い町の条件って
<p>ありますか？」</p>
と聞かれ　即答で
<p>「ドトール　珈琲　が駅前にある町　」</p>
と答え　爆笑を買ったことがある。
しかしながら、一日に一杯の珈琲を飲まないと、ピリピリしてくる私は
紛れも泣く（故意に泣く）　カフェイン中毒なのであろう。
私はドトール珈琲が大好きである。
煙草も吸えるし、&amp;yen;180-　でブレンド珈琲（もしくはアイス珈琲）が飲める。
サイドメニューである　クロックムッシューチーズサンド（オリーブ実付）
<p>などは、腹が空いていなくても　ついつい頼んでしまうメニューでもある。</p>
しかしながら、その珈琲豆の価格や労働で苦しんでいる人々が多数いる事実も
知ると、中々頭からこびり付いて離れなくなる・・・
わが子より幾年も年の違う子が未成年の乗労働に借り出され学校へも行けない。
しかし、私はついつい利用してしまうのである。
<p>本日などは、打ち合わせで2回　利用してしまった・・・</p>
でも私が珈琲を飲むのを辞めると益々、彼には益々重責が伴うのではなかろうか
と　自分勝手な言い訳をして飲んでいる。
これは、多額な借金を抱えている女の子が飲み屋さんで働き
その女の子のことが好きで借金を少しでも減らしてあげようと
店に通うのだが、実は　その女の子のことがただ好きなだけで
<p>楽しく酒を飲みたいだけ　である状況と近いのかもしれない。</p>
つまり、凹む側の人間ではなく、ジュエリーを購入し
アフリカの内戦を終結すること自体を延期されることに拍車をかける側の
<p>人間なのであると　認識してしまった。</p>
知らないとは、やはり「罪」だが
<p>知っていても中々　どうしればよいのか分からないことも多々ある。</p>
明日から珈琲を飲むのを止めれば、一つの世界は幸せな終末を迎えることが
出来るのであろうか・・・もう少し、独自の勉強が必要である。
  </div> 
 </content>
 <updated>2007-10-03T23:48:57+09:00</updated>
 <published>2007-10-03T23:48:57+09:00</published>
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 <title type="text">大倉正之助　NEWS　　おかげ参りツーリングのお知らせ</title>
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   <name>shurei</name>
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 <category term="鉄馬" label="鉄馬" scheme="http://www.oimotomeru.com/index.php?mode=category&amp;aim=C5B4C7CF" xml:lang="ja" />
 <summary type="text" xml:lang="ja">大兄　大倉正之助事務所からのお知らせ。Ｒider’s 　Ｍeeting 　in ...</summary>
 <content type="xhtml" xml:lang="ja">
  <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
   <p>大兄　大倉正之助事務所からのお知らせ。</p>
<strong>Ｒider’s 　Ｍeeting 　in 　Ａuturm
<p>「<span style="color:#ff2c05;">おかげ参りツーリング</span>」</strong></p>
箱根神社”819”の日に続く秋の陣。[w]大倉正之助[/w]がプロデュース
する二輪文化育成のための交通安全祈願イベント。
<p>二輪ライダーとバイク関連各社が小國神社で親睦交流。</p>
この秋、静岡県小國神社において、二輪メーカー及び
二輪関連用品・部品メーカー数社の御協力のもと、バイカーの集い
<span style="color:#ff380a;">「おかげ参りツーリング」</span>を開催します。
浜松、磐田という日本のオートバイ産業発展の地で、
今日の二輪業界の発展をうながした氏神たちに感謝（おかげさま）
<p>の意を捧げるとともに、全国から集まったライダー全員で交通安全を祈願します。</p>
当日は、通例の御祈願と御祓いの他、神社境内の能舞台において
<strong>大倉正之助（能楽囃子大倉流大鼓　重要無形文化財総合認定保持者）、</strong>
<strong>鼓動隊（大鼓奉納演奏集団）</strong>らによる奉納演奏を行います。
終了後は、ヤマハ・コミュニケーション・プラザまでショート・ツーリング。
<p>マレーシアで開催されるMOTO GP生中継を巨大モニターで観戦。</p>
本企画は、活況を呈した夏の箱根神社における企画「819（バイク）の日」に続き、
二輪文化活性化を目的に大倉正之助がプロデュースする事業。
我が国に息づく、質の高いものづくり精神と繊細な巧の技を絶やさぬこと、
そして、つくる側と乗る側が分けへだてなく
親睦を重ね発想を共有することこそが、
今後の日本の二輪文化の発展にもつながることでしょう。
<p>皆様、是非ご参加くださいませ。</p>
<strong>■おかげ参りツーリング概要

○名称　：　　おかげ参りツーリング
○日程　：　　２００７年１０月２１日（日曜）
○場所　：　　小國神社　静岡県周智郡森町一宮３９５６‐１
　　　　　　　http://www.okunijinja.jp/
○参加ライダー数：　150名（予定）
○時間　：　　12時30分　ライダー集合
　　　　　　　13時00分　御祈願　　　＠本殿
　　　　　　　13時15分　大倉正之助挨拶
　　　　　　　13時20分　奉納演奏　　＠舞殿　
　　　　　　　　　　　　　出演：大倉正之助、鼓動隊
　　　　　　　13時55分　御祓い　　　＠駐車場
　　　　　　　14時00分　ヤマハ・コミュニケーションプラザまで
                        ショートツーリング
　　　　　　　15時00分　モトＧＰ　in マレーシアを大モニターにて観戦
　　　　　　　16時00分　解散
○協賛　：　　ヤマハ発動機株式会社、株式会社ワイズギア、
              掛川テクニカルセンター
○主催　：　　おかげ参りツアー実行委員会</strong>
  </div> 
 </content>
 <updated>2007-10-02T23:39:56+09:00</updated>
 <published>2007-10-02T23:39:56+09:00</published>
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 <title type="text">新型　BMW　M3より</title>
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   <name>shurei</name>
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 <category term="日誌" label="日誌" scheme="http://www.oimotomeru.com/index.php?mode=category&amp;aim=C6FCBBEF" xml:lang="ja" />
 <summary type="text" xml:lang="ja">先週　BMWのディーラーへ顔を出してきた。自宅近くのショールームに新型のM3　が...</summary>
 <content type="xhtml" xml:lang="ja">
  <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
   
先週　BMWのディーラーへ顔を出してきた。
自宅近くのショールームに新型のM3　が置いてある。
カタログを早速頂いてきたが　
どうしても前期型の方が格好が良いように見えてしまうのである。
スペック（性能値）は大幅に向上していると言って良いだろう
4&amp;#8467;の排気量で420ps　?型8気筒
<p>私からすると　もうスーパースポーツという車なのだが</p>
先代モデルから引き継いでいた
一見　通常の3シリーズモデルだが、実は・・・・という
この「・・・・」が私にとって大きな魅力であったのは
紛れも無い事実である。
　私が　M3　が好きになったのは　21歳か22歳の頃だったと思う。
E36（先々代モデル）のM3　に乗る方が割と身近にいたのであるが
その方は、バイクに乗る御仁であり、私が最年少で入会した
<p>モーターサイクルクラブに属していた方であった。</p>
　ある日、軽井沢の方で　その方とお会いした際に
来る途中、高機（高速機動隊）のパトカーに止められて1時間ぐらい
お説教をされていた話を大笑いして話をしていた。
どうして　そんなに時間の掛かるお説教をされたのか　質問をすると
290km/h　で高機を抜いてしまい、気付かず次のサービスエリアで
休憩をしていたところ見つかってしまった　とのこと。
移動カメラで証拠写真を抑える間もなく、彼のM3は
加速して行ってしまったので　隊員の方　二人は顔を真っ赤にして
怒っていたらしい・・・
高機の方々には　申し訳ないが現行犯（証拠がない）にならないので
<p>切符が切れなかったのである。</p>
　私は　こんな普通のBMWにそんな速度出るわけないと
たかをくくったが　「いや、これM3　だからね　」と
<p>また朗らかに笑われた。</p>
これが　「　M3　ってなんだ・・・　」という興味の始まりだった
と言える。
私はバイク乗りであるが、時折であるが　こんな質問を受ける。
<p>「バイクと車は　どっちが速いのか　？」と</p>
私は決まって　このように答える。


「一般的には　バイクでしょう　機動力が全然違いますからね　。
<p>世の中を走る　9割5部の車は　間違いなく抜いて行く事は出来るでしょう。」</p>
「ただし、残り5部に化け物のように速い車がいることも事実です。
同じオートバイを乗っていて　この人は化け物だな・・・
と思う人間は中々出くわさないが、　確実に車乗りに化け物はいます。
<p>ですので、絶対的な速さであれば、車の方が速い　という結論になります。」</p>
結局のところ、ドライバー次第となるのだが
東名大井松田の下りを私の跨る　Kawasaki　ZZR1100とバトル？した
インプレッサ（涙目のWRX仕様）とフェラーリーのF355　は未だに
忘れられない。　其々　違う日に遭遇したのであるが
あの時　深夜にて単独　200km/h　overで
下り坂を走っていた私に　エアーホッケーの円形板のような動きで
追いついて来て　抜き、抜かれを繰り返す。
速度域が互いにどんどん上がる。
ご存知の方も多いと思うが　秦野中井周辺は車が密集しやすい
そこから先は私は密集する車の間を抜けていったが
あれは　どう考えても　あちらに軍配が上がると
今でも確信する。
安全マージンが　あちらの方が（テクニック的に）格段も上である。
あそこまで上手い乗り手になりたいものではあるが・・・
<p>中々　その域までは　自分自身不可能に近いのでは　と思う。</p>
そんなこともあって、私は車の方が速いという結論であり
どうせならば、一見普通であり　周囲に威嚇する雰囲気を排除し
いざ　という時は　スゴイ　という車が私は好きである。
ベンツは私の好みではないが　唯一例外が　E500　であると言えば
<p>分かる方は分かって下さると思う。</p>
私のもう一人の父と仰ぐ　大野氏（故人）も30年前のマツダに見える
サーブのメーカーチューンの車に乗っていたが
時折、　「　あの人には、世の中を教えなくてはいけないねぇ・・・」
と　我が物顔で走る改造車をとことん追い詰め
何事も無かったように追い抜いていくことを幾度か目の当たりにしたこと
があった。
<p>私の車の好みとしてのルーツがよく分かる　もう一つの思い出なのであろう。</p>
新型　M3　も1年もすれば見慣れて「良いかも・・・」と思うかもしれない。
しかし、もっと普通感が　車体に欲しいと思う。
「　オレは　M3　だぁ！！！　」では　私にとってもう　M３　ではない。
  </div> 
 </content>
 <updated>2007-10-01T21:30:39+09:00</updated>
 <published>2007-10-01T21:30:39+09:00</published>
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 <title type="text">一昨日から</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">金曜日から栃木でジュエリーの仕事。本日雨。</summary>
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<img src="http://www.oimotomeru.com/PIX/1191117695_070930-105948.jpg" alt="22.3:288:352:0:0:288(W)×352(H) 22.3:right:1:1::"/>金曜日から栃木でジュエリーの仕事。本日雨。
  </div> 
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 <updated>2007-09-30T11:01:35+09:00</updated>
 <published>2007-09-30T11:01:35+09:00</published>
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 <title type="text">30年前の今日</title>
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   <name>shurei</name>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">30年前の本日、私は確か小学校2年生であった。帰りの学級会？の最中、窓側にいる級...</summary>
 <content type="xhtml" xml:lang="ja">
  <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
   
30年前の本日、私は確か小学校2年生であった。
<p>帰りの学級会？の最中、窓側にいる級友が外を見て叫んだ。</p>
「あの飛行機　煙が出てる　！！」


先生の制止を聞かず、皆で窓へと走る
窓から真正面あたりで操縦していたと思われる二人の人間が
目の前で脱出、パラシュートが開いた
機体はそのまま緩やかな下降線を描き、東の方向へ墜落し爆発
<p>生まれて初めて実物の　きのこ雲を見た。</p>
数人の子は泣きだす、自分の住んでいる団地の方面で機体が
爆発したからである。
一人の子は、
「僕のうちにパラシュートが落ちた」と繰り返していた。
担任の先生は、もっと遠くだから平気よ　大丈夫よと
冷静を装っていたと思う。
<p>実際、級友に　その事故に家族が巻き込まれた子はいなかった。</p>
今や風化されつつある
<p>神奈川県横浜市緑区　江田の米軍機　ファントム墜落事故である。</p>
騒然とし不安になりながら下校した。
お母さんは平気だろうか、何か怪我をしていないだろうか・・・
そんな思いと裏腹に下校を共にしている友達たちとは
今から、駅へ行ったらテレビのインタビューを受けるかもしれない
そんな不埒な会話をしていた記憶がはっきり残っている。
墜落とは真逆の方向に自宅がありながらも
母の顔を見たときに　ほっ　とした気持ちになり
<p>どんな状態だったか興奮しながら話した。</p>
　
　それから数年後、私が小学校6年生の頃だったと思うが
ある男の子と知り合いになった。
確か駅前で花屋さんを営んでいた子であったと記憶しているが
定かではない。　その子は、このファントム墜落事故で犠牲になった方
<p>（確か女性であったと思うが・・・）の甥であった。</p>
子供は子供なりに、結構　真剣な相談話をするものだ。
その子は私に　ファントム墜落事故　犠牲者の親戚であることを
<p>頑なに言うのを拒み、内緒にしていた。</p>
「絶対、言わないでね　絶対言わないでね　」　幾度も言う彼に
<p>どうしてか　理由を聞いてみた。</p>
「周りにね、　近所とかにね　変な人と思われちゃうんだ　」


子供ながら、その真剣な眼差しに言葉を失っていた。
<p>以後、私の中に大きな疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。</p>
「何も悪いことしていないのに、どうして変な人って思われるんだろう」
ぼんやり考えてみたが、どうしても分からなかった。
子供の頃、考えながら見上げる空は、雲が流れるような速度のように
ゆっくりと時間が流れる。
永遠という時間がそこで完結してもおかしくないほどであるが
<p>それほどの時間を浪費しきっても理解まで全く追いつかなかった。</p>
その後、彼は引越しをしたらしく　そのまま疎遠となり
二度と会っていない。
ただ、あの真剣な眼差しを忘れることが出来ず、私の心に残った。
当時「ファントム無頼」という百里基地に勤務する航空自衛隊の
パイロットを描いた人気漫画があったが、
どうしても　その子の眼差しが忘れられず、後ろめたい気持ちで
<p>漫画を読んだため、夢中にはなれなかった。</p>
　今であれば、何となくではなるが理解できる気がする。
70年代の学生運動、日米安保闘争、左翼過激派の暗躍、ベトナム戦争
そんな時代背景の最中
きっと公安の方々が米軍に対して訴訟を起こそうとしていた
その子の親族に対して監視などを行い、
連動していく運動家たちを抑えようとしていたのかもしれない。
あくまでも私の推察であるが
<p>それが　もし事実であれば　とてもいたたまれない気持ちになる。</p>
「絶対　言わないでね　」　必死に何度も繰り返した
あの子の眼差し。
<p>子供にあんなこと言わせてはいけない・・・・</p>
事故から丁度　30年　　あの子の告白を聞いて25年ほど。
訴訟運動は諦めず、続いていると聞く。
負けても、負けても　とても敵わずとも　諦めず信念に基づく
<p>行動には頭が下がるし、ただ　ただ敬服する。</p>
あの子は　　　どんな大人になっているのだろうか
そんなことを　ふと思った。
  </div> 
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 <updated>2007-09-27T21:02:24+09:00</updated>
 <published>2007-09-27T21:02:24+09:00</published>
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 <title type="text">魚真へ行って下さい</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">昨日　友人Ｇ（と言ってもバレバレだが・・・）から電話が鳴り今週の日曜日に銚子まで...</summary>
 <content type="xhtml" xml:lang="ja">
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昨日　友人Ｇ（と言ってもバレバレだが・・・）から電話が鳴り
今週の日曜日に銚子までツーリングに行かないか？と誘いがあった。
面子はNINJAに乗る友人と　もう一人　Z-?に乗る友人である。
Z-?に乗る友人とは　もう久しく会っていない
私は、無性に会いたくなったが　日曜は宇都宮で仕事があるので
<p>残念ではあるが断った。</p>
私と　その彼はZ-?に乗り、もう幾度も走っている。
魚真という寿司？刺し身屋？の店長をしているので　
もし興味のある方がおられたら是非足を運んで頂ければ幸いである。
適正？料金で美味しい魚を食べさせてくれる
（現在は乃木坂店に勤務であるらしい）
一番いい男（長身の美男）が彼なのですぐに判るとは思う。
<p>http://uoshins.com/</p>
彼は　私の友人の中でも群を抜いて気持ちの良い男である。
例えるのであれば、高気圧が発達し気持ちが高ぶるほど大きな
入道雲がそびえる真夏の空のような男である。
ただし、酒が入ると雷雨となることがあるので注意（笑）であるが
私自身も困ったことに暴風雨の風になってしまうので
<p>二人で飲むと共につぶれ、彼の良妻様にお世話になる。</p>
　私は彼に　そして彼の良妻にお礼をずっと言いそびれている。
つくづく幸せなことではあるが、自分自身が窮した際に様々な友人から
激励の言葉を貰ってきた。大兄　大倉正之助氏も然り、普段　罵り合う
次兄　Taka増井にも要所、要所で後々にかみ締めるような言葉を
何気なく貰い独りになってから、うれし泣きをしたことは幾度かある。
<p>まぁ何だか悔しいし、気持ち悪いので言わないでいるが・・・</p>
そのZ-?の彼にも　泣かされたことがある。
あの年も暑い、暑い夏だった。
丁度　その当時　務めていた会社を続けるか、それとも辞めるか
悩んでいたときであった。
業績を取るのか、やり方　そのものを正すのか
脆弱な私の精神は　ある意味　飽和状態だったのであろう。
紛れもなく自身崩壊の危機であったが
家族を抱えて間もない私に弱音を吐くことは許されないと
<p>更に輪を掛け追い詰めていった。</p>
転勤先滞在中　突然、彼から電話は鳴った。
<p>お天道様が煌々と真上から照らす昼過ぎだったと思う。</p>
「シュウちゃん・・・平気？　」


<p>「なんだよ　平気だよ　　」</p>
「いやさぁ　何か気になってさぁ・・・」


<p>「あぁ　大丈夫よ　　気遣いありがとな　　んじゃ　」</p>
目一杯　強がって電話を切ったが、あいつ鋭いなぁ　と思った。
<p>すぐまた彼から電話が鳴った。</p>
「何よ　」


<p>「駄目だったらさぁ　こっち戻ってくれば　いいじゃん・・・」</p>
「・・・・」


<p>「ちょっと待って、うちのかみさんに換わるから　　」</p>
「もしもし、帰る場所がないなら、うちに来ればいいじゃない
<p>しばらく　うちに泊まっていていいから　　ね？　　おいでよ　」</p>
「大丈夫　だよ　　ありがと　　それじゃ　　」
私は涙声にならないうち、早々にお礼を言って切った。　
業務用のハイエースというバンの中で独り　胸がつまった。
涙が流れたか、流さなかったか　もう覚えていないが　
<p>泣かされた。</p>
一連のものにケリが付き、元気な状態で遊びに行こうと
決めていたが、あっと言う間に　3年の月日が流れてしまった。
「家族ぐるみで遊ぼうぜ」
「オレの息子とおまえの娘を結婚させよう」などなど酒の席での
戯言とは言え、はしゃいでいた言葉が霧散してしまったことに
私自身、後ろめたさを感じていたから
<p>これほど時間が経ってしまったのかもしれない。</p>
何はともあれ、私は二人にあの時のお礼をまだ直接していない。
今週末、彼とは会えないが　今年中には遊びに行こうと思う。
<p>魚真と彼の家に</p>
彼もまた、私にとって片思いの親友である。




尚、タイトルは小泉今日子の
「ベンザエースを買ってください」のパクリである。
古いなぁ・・・
  </div> 
 </content>
 <updated>2007-09-26T22:18:44+09:00</updated>
 <published>2007-09-26T22:18:44+09:00</published>
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 <title type="text">過激？な安国論（私論）</title>
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 <category term="私見" label="私見" scheme="http://www.oimotomeru.com/index.php?mode=category&amp;aim=BBE4B8AB" xml:lang="ja" />
 <summary type="text" xml:lang="ja">先日「政治不信」という題目で少なからず、直接　意見がもたらされたので追加したい。...</summary>
 <content type="xhtml" xml:lang="ja">
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先日「政治不信」という題目で少なからず、
直接　意見がもたらされたので追加したい。
尚、以下　私論が過激である故
<p>ある日、いきなり削除になったら、どうか皆様笑って頂きたい。</p>
　現在の自衛隊が私の提案通り、日本救護隊と名を換え
武器を一切　常備しないのであれば
他国からの侵略、蹂躙されるのを待つだけとなってしまう。　
やはり自衛のための武器は不可欠であり、時に専制防衛も必要である。
それは　一重に祖国　日本をどう　という以前に
我が家族を守るためである　　と　ご意見を頂いた。
それも感情的ではなく、冷静にご自分の意見として
<p>お話をしてくださったので、とても有難く嬉しかった。</p>
私は、侵略をさせないのが政治家の仕事であろうと言う旨を
前回の話　同様にその方にお伝えしたが
他国も自国の政治家も　信用できない　と結論に至った。
致し方ないと言えば　致し方ない。
その「致し方ない」は　私自身　極論であり理想論として自覚して
いるからである。
例えば、警察官の方々に拳銃や警棒が必要ではない　とは言えない。
<p>必要ではない　世の中になって欲しいと願っているだけである。</p>
法、理（ことわり）、筋、　生きるための原則、ルールを理解出来ない
人々は思いの他　多い。　国家を一人の人間として喩えるのであれば
これらを理解していない人（国家）も少なからず存在している。
彼らには、彼らの考えや思いがあるので
完全なる武器の放棄は、国内でも国際社会でもやはり難しい。
これは、「常識」という観念に其々ズレがあることから生じている。
例えば、北朝鮮という国の行動は　現在の日本人の理解を超えている
ように見えるが、彼らにとっては　「戦争の最中である」という
観念の元に拉致やミサイルの発射をしているのだな　と想像を
行うと　ある程度の理解の範疇に収まってくる。
しかしながら、「我々は戦争をしていません。するつもりもありません。」
<p>と納得させるのも外交政治ではなかろうか。</p>
それでも、理想として追いかけたい。
<p>それが私の私論である。</p>
　話は大きく矛盾するが　百も承知で続けたい。
私は、時代錯誤の甚だしいが、明治政府以前の
帯刀の世の中に戻って良いと思っている。
そして　あだ討ちは美徳であり、無礼や非礼に応じては
切捨て御免　の世の方が　逆に秩序が守れるように思う。
自らが人を殺すことが出来る状態とは、自らもまた殺される危険性が高い。
殺されないためにどうするのか
和　というものを本気で考えなければ、おのずと成り立たなくなる。
真剣に　礼　を考える人間がより多く育つのではなかろうか。
命をかけて人の嫌がらせやいじめ、陰口を行う人などいないだろう
殺されるかもしれない　と思えば　そこまでの覚悟がいる。
<p>人様に嫌がらせや陰口を言う人間にそんな覚悟はまず無い。</p>
当ブログを十代男子の方が読んでいるかどうかは判らないが
もし読んでおられるようであれば、覚えておいて損はない事として
男として生きる以上　獣同士の戦いから逃れることは中々　難しい。
誰が強いか、弱いか　　どっちが強いのか　興味は本能から
成り立つ。　喧嘩もしたこともない者ほど　相手を殴ると心が痛む
など聖人君子な言葉を吐くのも事実である。
実際は　破壊欲と陶酔感に支配されるだけである。
十代の頃など　心など痛むはずがない　これは当然のことであると思う。
　私は成人男性としては華奢な部類であるので　十代の頃
いつもこのように考えていた。
喧嘩では勝てないかもしれない　
自分が勝ったり、生き残ろうとすると無理が行く、
しかし殺し合いならば　どうだ　
自分も生き残らない代わりに相手も生き残ることが出来ないこと
想定すると簡単に肝が据わる。
もう一度言うが　命を掛けて嫌がらせを行う者など　皆無といって良い。
私の若い頃の　気魄　や胆力は　その程度のものであったが
自ら死ぬ（相手も殺す）気で　抵抗なり抗議なりすると
自殺などせずとも、それなりに道は開かれるものである。
この中で一番強い奴は誰か？　そいつを一撃で倒す方法は何か？
十代の頃はそんなことばかり考えていたように思う。
腕力がなく、気が弱く、勇気も無いと私には自覚があった為か
気魄だけが　飛躍していったが　これも面白いことに、この気魄に
<p>侮る人間は徐々に徐々に減っていくのも　現実の上　事実であった。</p>
考えてみれば、生き残ることを捨てた人間を
敵には　皆回したくはない。
<p>一番　厄介な存在なのである。</p>
そこまでの気魄（覚悟）を出せば、自ら死にまで追いやるまでのことは
まず、ない。　　自殺してはいけない。
<p>覚えておいて欲しい。</p>
　


先日の「政治不信」の話にまた戻るが
私は　やはり自衛隊に軍備は必要ないと思う。
海外派遣の際にも銃座を取り外し、本来の意味での
その国にとっての貢献をするのが　今後の日本人の姿であるのでは
と考える。　現在の軍備費を国内福祉に宛がったら、かなりの効果は
見込めるであろう。
そして、自衛隊の方々の誇りは国内外に広まり尊敬されることであろう。
その行為を馬鹿にするのは、シニカルなビジネスに徹する
<p>武器製造に携わる方々ぐらいなのではないだろうか</p>
一方　私は明治政府以前のように帯刀を許した方がいいのでは
という考えであることを大きな矛盾ながら上記に表現した。
それは、もし　わが国を侮り　万が一侵略などしてきた国があった
場合、日本人の各自が日本刀を持ち家族を守ることに奮迅し
侵略者を決して許さない　という精神のみが他国への脅威になるのでは
ないだろうか　と考えるのである。
もっと過激なことを言えば、理不尽な侵犯、侵略行為を受けた場合
我々　日本人は　その時点で全ての人口がテロリストになる　と
暗に宣言していることとなる。
そして　その侵略なりの首謀者の首のみを全てのサムライが狙う。
<p>これほど、相手方にしてみれば怖いことはない。</p>
元々、争い事は好まない。　
「和を以ちて貴しとし・・・」という聖徳太子から続く教えを
今の世で復興し、一切の戦争の放棄を謳い、決して自らは仕掛けない。
しかし万が一有事（侵略）の際は　国家の代表が
「我が国では　あだ討ちは美徳なのです。　」と宣言し
その首謀者の元まで我々を輸送機なりで届けてくれればいいのである。
温和な日本人を本気で怒らせるな　と
<p>世界に認識されれば良いのではないだろうか。</p>
一方で国内での凶悪な犯罪に関しても
帯刀を許せば、辻斬りを行うような不埒者が出てくる可能性がある。
その場合には、悪いことをすればこうなる　と公開処刑を行うことを
私は推奨したい。
<p>悪いことは、悪いこと　それを各　おのおのが体で理解する機会となる。</p>
幼児虐待、婦女暴行、悪質な詐欺、愉快犯殺人
人権団体の方々から非難されるとは思うが、私は皆　死刑で良いと思う。
そして貴賎を問わず、平等に裁きを受け、保釈金を積んでも留置所からは
出れないシステムがいい。　その代わり　裁定は公平であることが
<p>必要不可欠事項である。</p>
　現在、審議が進んでいる山口県光市　母子殺人事件で
事件が起きた直後に　ご主人はこのように言っていたのを思い出す
「死刑判決がでないのであれば、このまま社会へすぐ釈放して欲しい
<p>私がこの手で殺しますから・・・」</p>
現在、この考え方は　ご主人の中で改まったのかもしれない。
しかし私は、もし娘を殺されたら　訴えることをせず
執拗に犯人を見つけだし　この手で黙って殺すであろう。
そして、そのまま警察に出頭し
あとの自分の処理は　国の法律に従うことにする。
<p>それが死刑であっても致し方ない。</p>
軍備や武器を持たずとも、侮られない方法はいくらでもあるのでは
<p>ないだろうか。　国際社会の中でも誇りを持つ方法があるのではないだろうか。</p>
我ながら過激であり、極論である理想論を述べさせて頂いた。
<p>人として生まれたのだから　理想に向かい追い求めたいものでありたい。</p>
もっと言えば　日本刀さえも要らないのかもしれないが
私は　そこまでの　完全非武装論の勇気ある智者には　まだまだ届かない。
  </div> 
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 <updated>2007-09-25T22:13:56+09:00</updated>
 <published>2007-09-25T22:13:56+09:00</published>
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 <title type="text">ネクサス6型は御呼びが掛からぬ</title>
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   <name>shurei</name>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">　昨日、元妻より娘の運動会での写メールが送られてきた。昨年は10月初めであったの...</summary>
 <content type="xhtml" xml:lang="ja">
  <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
   
　昨日、元妻より娘の運動会での写メールが送られてきた。
昨年は10月初めであったので　今年も開催はそれぐらいの時期であろうと
考えており大津まで今年も行こうと思っていたので
私にとっては非常にショッキングな出来事であった。
正直、メールが届いて小一時間程　腹を立てていたが、
会話はないものの毎週、娘の姿を写メールで送ってきてくれる事実を
思い直し腹に収めた。
娘には　会いたいが　元妻と会いたくはない
顔を合わせることも話すことさえ現在の私には行いたくない事柄である。　
先方も　そうのような状態だからこそ　　なのであろうと
ようやく落ち着いた。
しかしながら所詮、大人側の都合、我儘であることは否めない。
<p>娘には悪いことをしていると思うし、申し訳ない気持ちである。</p>
　昨年１０月初め　雨の日　滋賀県大津市　娘の運動会へ行った。
私は、前職OKADA　PROJECTS　の社長の愛車　BMW　K75S　で
名神、東名と走った。
何度も娘には見せているが、革ジャン、革パンツ、リングブーツという
上下黒尽くめという子供の運動会には　異様ないでたちであるためと、
数時間　娘と会ってすぐ別れるのも娘にも・・・本当は自分的に
苦しいので校庭脇　囲むように生えている桜の木々に身を隠し
遠くから娘を探していた。
朝の時点では　まだ雨は降っていなかったため
やがて校庭まで幼児用のカート？（アルミ製だかの車輪の付いた台車）に
<p>載せられ　きょとんとしている我が娘を発見した。</p>
「あぁ・・・元気そうだな・・・良かった。」


かみ締めるように深く感じていたら、ポツポツと雨が降り始め
体育館へと場所変更となった。
ちなみに　娘の通う保育園は　近辺の小学校を運動会のため借りていたのである。
幼児移動用カートに載せられたまま娘は、体育館へと移動を始める。
<p>そして桜の木の陰に身を隠した私に娘はどう言う訳か気づき</p>
「ぱぱぁー、ぱぱぁー　」と私に向かって手を振りはじめた。


<p>私は　あまりの嬉しさに桜の木陰から身を出し、娘の名前を呼んだ。</p>
娘は泣きそうな顔でカートから身を乗り出し
<p>「ぱぱぁー　、ぱぱぁー　」と何度も何度も手を振っている。</p>
私は周囲に憚らず、アウトローのような格好であるのにも関わらず
<p>嬉しくて、嬉しくて涙が流れてしまった。</p>
その後、お遊戯が始まったが娘は泣いていた。
<p>「ぱぱ　いた　　　ぱぱ　いた　」と言っていたそうである。</p>
娘が私に懐かないと誹られ　この街　大津を追い出される形で
離婚まで持ち込んだ元妻とその家族に対して
娘自身、私が愛していることを分かっていてくれていた　　
これで　もう十分すぎるほどだった。
幼子の我が娘に父親としては情けないが　存在価値を認めて貰えた気がし
深い愛情と共に幾度も幾度も感謝をした。
<p>そんな　嬉しさで溢れた。</p>
　切ない想いは残ったが、帰りの高速道路がどしゃぶりの雨であるのにも
関わらず全く苦痛ではなかった。
一度、関が原付近でオートバイが走行中　真横を向いてしまったが
雑念がないからか、笑いながら対処が出来た。
雨で体が冷え切り、古傷のある左手が硬直しクラッチが握れなくなったが
日本平と鮎川PAにて化粧室（トイレ）の水（秋口からお湯が出る）で
揉み解している最中も口元で笑っていた。
まるで[w]リドリー・スコット監督[/w]の映画「[w]ブレードランナー[/w]」に出てくる
レプリカント　ネクサス6型　（俳優　[w]ルトガー・ハウワー[/w]）が
寿命に達する直前、手が硬直し始め小さな鉄骨（釘？）を自らの手のひらに
刺すという場面があったが　それを思い出していた。
「オレは　ネクサス6型　か　？　」と苦笑しながら。
あの場面で　確か　レプリカント（アンドロイド）は　このような台詞を
<p>切実な想いで言っていたと思う。</p>
「私は　あと　どのぐらい生きられる　　」


映画「ブレードランナー」は　犯罪を犯すレプリカントを追いかける
特捜刑事　デッカード（主人公　俳優は[w]ハリソン・フォード[/w]）の
<p>言葉で最後を締め括られる。</p>
「そんなこと　オレたち　人間にだってわかりゃしない・・・」



あと　何度　娘と会えるのか　誰にも分かりはしない。
元妻に育てられた状態での娘と今後果たして心が通いあう一瞬があるのか
甚だ疑問ではあるが　そんな先のことも誰にも見えはしない。
娘と会う、それが例え遠くから姿を眺めるにしても
そのきっかけが今回　霧散してしまったことはショックではあるが
<p>元気に生きているのだから、良し　としよう。</p>
私が娘を愛している気持ちに偽りは、微塵もなく
いつか必ず伝わると信じて。
それが、私の死後でも　もはや構わない気もする。
ただ、父と母に　初孫の可愛い盛りを会わせることさえ出来ないのは
<p>不憫であり、親不孝であり、私の不徳の致す限りである。</p>
娘の息災を遠くより　祈る　そんなことしか私には出来ない。
  </div> 
 </content>
 <updated>2007-09-24T17:45:12+09:00</updated>
 <published>2007-09-24T17:45:12+09:00</published>
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